台湾再訪

5月24日(火)から3泊4日で台湾に出張。台湾は、4年前に家内と訪れて以来2回目となる。前回訪問した時には、こんなに近くに、こんなに日本という国と日本人を尊敬してくれている人たちがいたことに驚き、「灯台もと暗し」と題して記録をアップした。(2012月6月)

今回は台湾の化学工業協会からの要請で出張した。


【まずは、開会の祝辞】


【そして化学品や化学工場の安全に関する講演もまずまず】

【会長のGohさんから記念品を頂いた。】

翌日、化学工業協会の方が市内を案内して頂いた。

蒋介石の霊廟では、ちょうど衛兵の交代式を見ることが出来た。

アジアの国でオカニートが興味があるのは、有名観光地ではなく、その国の人たちの生活が感じられる場所。

今回の大きな発見の一つは、台湾では道教の信者が圧倒的に多く、お寺もたくさんあるということ。

 

参拝に訪れるのは、外国人観光客よりも台湾の人たちが圧倒的に多いとのこと。
 

若い人たちが真剣にお祈りしている姿も印象的だった。
 
【これは学問の神様とか】
 

龍山寺のすぐ近くに薬草販売店が並ぶ通りがあったので立ち寄った。台湾では外科治療以外の場合は、漢方医にかかる人が多く、鍼灸治療や漢方薬は日常生活の重要な位置づけを占める。
 
【薬草ジュースを飲む人たち】

 

【漢方薬を処方してくれるお姉さん】

そのあと訪れた市場は、庶民的な雰囲気を残しながらも、カンボジアやベトナムと比べると衛生状態は格段に上。
 

お饅頭を売っているお店の地下にある饅頭製造現場を見学させて頂いた。
機械化された部分と手作業の部分が上手く組み合わされている。
何よりも驚いたのは、奥にあるモニター。

これは、売り場の様子を映していて、販売状況に応じて生産量を調整するためのものと。へーえっ!

昼食は小籠包で有名なディン・ダイ・フォンというお店に連れて行って頂いた。

【待ち時間35分、ほとんどが外国人観光客】
 
【小籠包の厨房】

東南アジアの国々の交通事情は、その国の経済発展の度合いを如実に表していて面白い。道路が未整備で都市部でバイクが禁止されているミャンマーやオートバイ主流のカンボジア、そしてバイクと乗用車のベトナム・・・と。

そういう理屈で行くと、日本や韓国に次いで一人当たり国民所得が年間2万ドルを超える台湾では、当然乗用車が主流と思っていたが、相変わらず二輪車が多く、マナーも悪いことに驚いた。案内してくれた台湾の人も、台湾人はバイクに乗っている時は人が変わると表現していた。

 


さすがに、ヘルメットはみんな着用しているし、カンボジアのように4人乗り、5人乗りという風景は見られない。

今回のもう一つの発見は、台湾ではバスなどのLED表示の文字が大きくて、赤やオレンジなどの輝度も高いということ。


【どういうわけか、デジカメで撮ると文字がきれいに写らない。】

【龍山寺の正門にも】

LEDに詳しい友人の話では、台湾は中国と並んでLEDの生産国で高輝度のLEDのコストが安いこと、そして、中国、台湾では赤色が好まれるからとのこと。

町の景観としてはいかがなものかと思うけど、交通機関の表示が分かりやすいのは、老人にはいいだろうな。
ともかく台湾は、治安がいいし人が親日的で、リラックスして歩けるのがいい。いろんな発見もあり、有意義で楽しい出張でした。
okanito | - | 23:01 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

53年目の再会

5月8日の昼は待ちに待った佐用小学校の同窓会。

新緑の笹が丘荘に恩師のお二人を含む35人が集まった。




【山脇、真盛地区の仲間たち】


【西山、長尾組み】


【栄町、中町、川原町、上町の仲間たち】



【オカニートの近所、栄町の仲間たち】



閉会前に佐用小学校校歌を歌った。佐用は朝霧の町。


【さぎり晴れゆ〜く〜大撫の〜】




【ハルエ先生、ヤマシタ先生、ありがとうございました!】

今回集まったのは120余人の同級生のうちの33人。

病気治療や健康不安、あるいは、両親の介護で来れなかった人も多いはず。そして、既に亡くなった仲間が何人もいる。

今回参加できた我々は幸せだ!
okanito | - | 22:40 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

因幡街道平福の町

5月7日の土曜日、午前中の佐用ドライブを終え、夕方4時半姫路発のジーゼルカーで再び佐用に向かった。

佐用坂のトンネルを越えると大撫山が迎えてくれる。



駅前での6時からの夕食は、小学校の同級生のトシアキちゃんがアレンジしてくれた。佐用の町おこしに頑張っている仲間たちが集まってくれた。


【マナブチャンとトシアキちゃん、クボくんにスガイくん、そして佐用FCのルタくんも】

佐用での宿泊は、駅から車で20分、平福の河内屋さん。

平福は因幡街道の宿場町で、オカニートファミリーの菩提寺である光明寺さんがある。宮本武蔵が15歳で初めて決闘をした場所でもある。

朝食前に一時間散歩した。


【雲突き城と言われた利神城】










因幡街道は鳥取のお殿様が参勤交代の時に通った道。そして、千種川と佐用川を遡り、塩などの物資を赤穂から運び上げた船の終着駅。









楽しい一日を予感させるすがすがしい平福の朝だった。
okanito | - | 20:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |

母と行くふるさと

連休最後の金曜日から2泊3日でオカニートの故郷、佐用に行った。

金曜夜は姫路のビジネスホテルに泊まり、土曜日の朝からレンタカーで老母を連れて佐用に向かった。

アルツハイマーが進む老母が笑顔になるのは、赤ちゃんや子供たちを見る時と昔懐かしい場所を歩く時だけになった。体力の衰えもあるので、ドライブは半日だけと決めて佐用に向かった。

途中、スプリングエイトのある光都サッカー場で、ルタくんが監督をしている佐用FCが試合をしていた。老母を車に待たせていたので、10分間だけ観戦して佐用に向かった。

長らく住んでいた佐用の町中は、車で回るだけで小猪伏に向かった。小猪伏は母が嫁いで来て、百姓仕事をしたところ、そして、3人の子供を産んだところ。

小猪伏で母が思い出せるのは、サコダのおばちゃんだけになってしまった。車から出て坂道を上ってサコダに行くと、おばちゃんが大喜びして迎えてくれた。



むかし、サコダのおばちゃんが母に教わったというヒョットコ踊りの歌を二人で歌い始めた。


【歌い終わったあと、二人で大笑い】


【この田んぼでお玉じゃくしを取ったなあ】



サコダのおばちゃんに赤飯とタケノコの煮物を頂き、途中で車を止めて二人で食べた。
また、母と小猪伏に来れるかなー。オカニートにとっても楽しく懐かしい4時間のドライブだった。

 
okanito | - | 19:46 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |

4月2度目のアメリカ-マイアミ-お疲れさんでした!

ニューヨークで1泊し、会議のあるマイアミに移動。国際会議はホテルの会議室でやるので、どうせやるなら参加者が来たくなる場所でということで、リゾート地での開催が多い。営業時代の出張では行けない場所に行けるのはありがたい。だけど、家族連れが水着で歩いているそばをスーツ姿で書類を抱えて歩いたり、大きな部屋のキングサイズベッドで一人で寝るのは・・・。


【この会議室も暗くて冷房が効いているので、ついつい・・・】



マイアミビーチのホテルにいながら、ビーチを歩けるのは朝と夕方だけ。









【バケツをドラム代わりに叩くお兄さん】






【このおじさんは、金属探知機で金属片を拾っているようだ。】

オカニートは、この会議で4年の任期満了となる。2日目の夜の夕食会では、みんなから「Happy retirement!]
と祝福され記念品まで頂いた。








昼間の会議は、しっかり者のドイツ人ハンスに議長をお任せ。オカニートは居眠りばっかで、たまーにアジアの発展途上国の立場を代弁するだけだった。こちらこそ、ありがとさんでした。

これで長時間フライトと時差、そして二日間の会議から解放される。ホッとする思いと、この仲間たちから離れる寂しさとが交錯したマイアミ出張だった。何はともあれお疲れさんでした。
okanito | - | 00:19 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
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