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ふるさとでのご縁

体調が悪いと人生記録が遅れ遅れになってしまう。もう8月だ。

6月末から7月始めにかけて、ふるさと佐用に2往復した。お世話になったハセガワさんの病状が良くないとお聞きしお見舞いに行き、横浜に帰宅した翌日に訃報が入った。

まず6月29日月曜日、幼馴染のトースジくんが姫路まで迎えに来てくれ、車で佐用共立病院に向かった。残念ながらハセガワさんはおやすみ中でお話しは出来ず、お礼を言うことが出来なかった。

トースジくんから、天気がいいのでお弁当を買って利神城に登ろうという提案があり、平福に向かった。利神城はかつて雲突き城と呼ばれた山城で石垣が残っている。



平福は因幡街道の宿場町。瀬戸内の赤穂から千種川を経て佐用川へと曳き船で赤穂の塩が運ばれ、ここ平福で荷揚げされた。ここからは牛と馬で街道を鳥取に向かう。



【川舟から蔵へ直接荷揚げ出来る石垣がのこっている。】

さあ利神城へ登ろう。


【ふもとの石垣】



【トースジのあとをついて行く。】




この日は梅雨の合間の素晴らしい天気で、山頂から見る中国山脈の山並みがきれいだった。





【右側に佐用町最高峰1047mの日名倉山、左側には岡山県最東端に位置する後山1344m】


【木陰でトースジくんと話しながら食べた弁当はおいしかった!】


【トースジくん、一日付き合ってくれてありがとう!】

横浜に帰宅した翌日に、ハセガワさんの訃報がはいり、再び佐用に戻ってきた。

お通夜のあと、地元でがんばっている先輩のマナブちゃんが、オカニートの小学校の同級生のトシアキちゃんの家に案内してくれた。50年ぶりの再会。


【トシアキちゃんお久しぶり!マナブちゃんありがとうございました!】

告別式のあと、一人で町を歩いた。佐用の町は6年前の洪水で大きな被害を受け、昔の商店街は空き地や閉店した店が目立つ。なんとも寂しい。


【がんばれ佐用!】




【佐用の大イチョウは変わらぬ姿で迎えてくれた。】

13時過ぎの姫路行きの列車に乗る前に、駅前の店でホルモン焼うどんを食べた。






【有本のおばちゃんは老母のことを覚えていてくれた。77歳のおばちゃんは相変わらず元気一杯】

亡くなったハセガワさんのご縁で、佐用でのいろんなご縁が復活した。



ハセガワさんは、オカニートが東京で主宰する佐用会を応援して下さり、オリックスのミヤウチさん始め何人もの佐用出身者を紹介して頂いた。ハセガワさんありがとうございました。合掌
okanito | - | 23:09 | comments(1) | trackbacks(0) | - | - |
Comment
今夕は、父への温かな想いを届けに来て下さり、誠にありがとうございました。父の生きてきた証を皆様から拝聴出来ることは、娘として幸いに存じます。今後ともよろしくお願い致します。暑い中、ありがとうございました。

posted by 立石典子 ,2015/08/14 7:36 PM










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