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お母さんが結ぶご縁

5月10日日曜日は、待ちに待った佐用(さよ)での小学校同窓会。オカニートは姫路の中学高校に通ったので、小学校卒業以来、52年振りの再会となる。

同窓会開催のきっかけは、一冊の作文集だった。

卒業後も時々連絡をとっていたトースジから正月明けに電話があった。小学校一年の時の作文集を見つけたという連絡だった。二三日後にトースジから文集のコピーが届いた。




ワープロもコピーもなかった頃、山下先生がガリ版刷りで作ってくれた文集に、38人の作文が収録されていた。
オカニートの作文を読み返して、すっかり忘れていた当時のことが走馬灯のように浮かんできた。

「ぼくとまさよしと ふくをきようとおもったら まさよしがぼくのふくをとりました。そしておしいれの中へはいりました。ぼくもはいってあばれました。そしたら、おかあちゃんが「さっさとせんと、がっこうにおくれるぞっ。」とおこられました。そしてやめました。おかあちゃんが みんなとごはんをたべようとおもったら おねえちゃんがさかなをおかあちゃんにあげました。おかあちゃんは「おねえちゃんは おやこうこうになったなあ。」といって、わらいました。
ぼくとおねえちゃんと本をとりやいっこをしよったら、おかあちゃんが「本ばっかり見よったら、もうかわんぞ。」といっておこられました。ぼくとおねえちゃんと あさおきてふとんをたたんだので、ほうびにみかんをもらいました。ぼくがえ川へいくとき、おかあちゃんはちょっとさびしそうです。おわり」


さっそくトースジの呼びかけで、一年C組を中心に小学校の同窓会をやろうということになった。

五月晴れの5月10日日曜日の朝、オカニートは姫路を出て姫新線で佐用に向かった。








同窓会の会場は大撫山(おおなでさん)でのバーベキュー。春江先生と山下先生の教え子14人が集まった。


【中国山脈の向こうは鳥取県】


【大撫山からはオカニートが生まれた部落がちらっと見える。まるで緑の海の底。】


【ふるさとの山に向かひていふことなし】





小学生の頃、オカニートの夢は野球選手だった。当時の野球仲間たちとボールを投げあった。




【オカニートがピッチャーでトースジはキャッチャー。二人でよくキャッチボールをしたなあ】


【山下先生ありがとうございました!】


【春江先生いつまでもお元気で!】



大撫山での同窓会のあと母校に立ち寄った。当時の木造校舎は建て替えられて面影はなかったけど、学校をとりまく山々は昔のまま。運動場を駆け回った日のことを思い出す。



「おかあさん」の文集をご縁に、幼なじみたちとの半世紀ぶりの再会が出来た至福の一日だった。
みんな、また会おうな!
okanito | - | 22:35 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
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